« トランプショックより我が日常に未来あり | メイン | 洗濯の連続だよ人生は。 »

紙の文庫本という物体を鞄に詰めて

自宅納戸を整理して発見した
懐かしい文庫本がとんでもなくおもしろい。
1984年頃に零下60度に迫る
冬のソ連時代のシベリアを旅する
椎名誠氏のエッセイだ。

2016-11-17 12.54.42.jpg

18時間も夜が続き、
吐いた息や排ガスで雲ができ、
薄暗く寂しい風景が広がり、
何枚も重ね着を強いられ、まつげが凍り、
掘っ立て小屋の寒すぎる空港で何時間も待たされ、
ウオトカで酔っ払い、
永久凍土の土地の傾いた家‥‥。
見たこともない風景を想像していると、
その極寒を体験してみたくなる。


エッセイに登場する旅団は、
江戸時代に遭難して何年もかけて日本に戻った
大黒屋光太夫たちの海路と陸路をなぞっているんだけれど、
30年以上も昔のソ連を旅する本書のシーンも
遠い過去の風景なんだろうな。


真冬の岩手で吹雪の道を
運転した経験がある。
日中でもほんの数メートル先の
視界がなくて相当ビビった。
あの体験よりももっと険しいんだと思うと
想像すらできない。


名古屋で暮らしていると、
冬用タイヤすら所有していないし、
どっちかっていうと、
沖縄とかハワイのような生ぬるい情景に
憧れるんだけれど、
なぜか厳冬の世界に引き込まれる。


薄ら寂しく厳しい冬という
演歌のような風景に心が動くのは、
やっぱり日本人ならではないんだろうか。


長い電車に揺られ、
『シベリア追跡』を読み耽って、
昭和の路面電車の町に辿り着いて、
「この辺りも昔はもっと賑わってたんですよ」
なんて話を聞いて、
移ろいゆく時間を過ごすワシもまた
刻々と髪が白くなっている。


昔ながらの装丁のままの
文庫本の文字はだんだん読みづらくなっている。


About

2016年11月19日 21:31に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「トランプショックより我が日常に未来あり」です。

次の投稿は「洗濯の連続だよ人生は。」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。